受賞者: 細野 忍 (学習院大学理学部・教授)
授賞題目: ミラー対称性と周期積分の研究
授賞理由: ミラー対称性が最初に大きなインパクトを与えたのは、物理学者 Candelas らによる5次多項式で定義される複素3次元多様体上の有理曲線の数え上げの業績である。 細野氏は Klemm, Lian, S-T. Yau らとの共同研究により、Candelas らによる結果をより一般の Calabi-Yau 完全交差に拡張し、付随する Picard-Fuchs 方程式が GKZ系と関連することを明らかにした。 その後、細野氏は Picard-Fuchs 方程式の整構造や大域的なモノドロミー、及び、それらとミラー多様体の双有理幾何、導来圏の幾何との関係について深い研究を行った。 これらの研究は Kontsevich が提案したホモロジー的ミラー対称性に動機付けられており、示唆されるミラー対称性と双有理幾何、導来圏の幾何に関する興味深い描像を、細野氏は様々な具体例で検証している。 細野氏の重要な業績の一つに、Picard-Fuchs 方程式の解空間に定まる自然な整構造の、超幾何級数とホモロジー的ミラー対称性を通した同定が挙げられる。 これは後の、入谷氏、Katzarkov-Kontsevich-Pantev による Calabi-Yau 多様体に対する量子コホモロジー微分方程式の整構造の導入の契機になった研究である。
細野氏の研究は、ミラー対称性を通して導来圏および双有理幾何に対する新しい例を与えてきたという意味でも重要である。 例えば、Lian, S-T. Yau, 小木曽氏との研究では、K3曲面に対するミラー対称性に動機付けられて、K3曲面の Fourier-Mukai パートナーの個数を与える公式を導いている。 また、高木氏との共同研究では、Reye 合同型 Calabi-Yau 多様体と双有理同値ではないが導来同値な Calabi-Yau 多様体の構成を行っている。 細野氏は Gromov-Witten 不変量やBPS不変量の具体的計算や、quasimodular form との関係についても大きな貢献をしている。 例えば、齋藤氏、高橋氏との共同研究では3次元 Calabi-Yau 多様体内の有理楕円曲面の Gromov-Witten 不変量への寄与を holomorphic anomaly equation を用いて計算した。 このように、細野氏はミラー対称性の分野において、先駆的で、後の発展の基盤となる顕著な業績を挙げている。 細野氏の業績は2024年度幾何学賞に誠に相応しいものである。