受賞者: 河澄 響矢(東京大学大学院数理科学研究科 教授)
久野 雄介(津田塾大学学芸学部 准教授)
授賞題目: Lie 代数の手法による曲面の写像類群の研究
曲面の写像類群の研究は多くの分野と関連しながら大きな発展を続けている。 河澄氏と久野氏は Johnson 準同型のLie 理論的研究で画期的な研究成果を挙げている。 Johnson 準同型は、曲面のホモロジー群に自明に作用する曲面の写像類群の部分群, Torelli 群の Johnson filtration に伴う Lie 代数から、「曲面のホモロジー群の生成する自由 Lie 代数のシンプレクティック微分全体のなす Lie 代数」への準同型で極めて重要な研究対象である。 Johnson 準同型の研究において、その像の決定は中心的問題であり、Johnson 余核を検知するためにトレースと呼ばれるものが構成されてきた。 河澄氏と久野氏は、Dehn twist の曲面の基本群への作用を Goldman Lie 代数を用いて記述し、その Johnson 準同型による像の Magnus 展開の公式を与えた。 さらに研究を進めて、Goldman-Turaev Lie 双代数を用いて幾何学的に Johnson 余核を検知する方法を開発した。 専門家から、この方法は Johnson 余核の理解において概念的に優れていると高く評価されている。 また、Anton Alekseev 氏、Florian Naef 氏を加えた4人での共同研究で、Lie 理論に由来する Kashiwara-Vergne 問題が,種数0の場合の Goldman-Turaev Lie 双代数の形式性を与える Magnus 展開を求める問題と等価であることを証明し,Kashiwara-Vergne 問題の新解釈を与えた。
こうした一連の研究以前には、河澄氏は、Mumford-Morita-Miller 類のねじれ係数版を導入し、森田茂之氏との共同研究で曲面の写像類群について、森田氏により Johnson 準同型とシンプレクティック群の表現論を用いて構成された特性類全体が Mumford-Morita-Miller 類の生成する部分代数(tautological algebra) と一致することを証明した。 また, Magnus 展開の手法を発展させて Johnson 準同型の定義を拡張してテンソル代数を用いて代数的に取り扱う理論の構築、複素解析的 Gelfand-Fuchs コホモロジーの研究など様々な重要な研究成果を挙げている。 また、久野氏は、特異ファイバーを許した4次元ファイバー空間の符号数に関わる Meyer 関数について, 平面曲線族や低種数の一般型非超楕円曲線族の場合の構成,ハンドル体部分群の場合(佐藤正寿氏との共同研究) など優れた研究をしている。 曲面の写像類群のねじれ係数1次元コホモロジーに関連した、Morita-Penner 構成とその変種に付随する3価ファットグラフスパインの二次不変量の研究(Robert Penner 氏、Vladimir Turaev 氏との共同研究を含む) や、非単純閉曲線に沿う一般 Dehn twist と呼ばれる代数的構成についての3次元多様体論的解釈を与えた研究(Gwenael Massuyeau 氏との共同研究), 4次 Fermat 曲面から生じる Lefschetz ファイバー空間構造に関し, そのモノドロミーから興味ある正の Dehn twists の関係式が現れることを見出すなどの重要な研究成果を挙げている。
以上のように、河澄響矢氏と久野雄介氏の Lie 代数の手法による曲面の写像類群の研究は高く評価され、それぞれの研究業績も優れており、2021年度幾何学賞に誠に相応しい。