● 幾何学賞受賞者の業績

受賞者: 小林 治(大阪大学大学院理学研究科 元教授)

受賞業績: 微分幾何学における数々の先見性に富む業績

受賞理由: 小林治氏は微分幾何学において, とくに山辺不変量, ミンコフスキー空間の極大曲面, 平面閉曲線の頂点, アフィン接続の大域的微分幾何等に関し, 先見性に富む基礎研究を続けている.

山辺の問題とは, 可微分多様体に対し, 許容するリーマン計量の任意の共形類の中にスカラー曲率一定の計量が存在するかを問う. この問題は1980年代半ばにTrudinger, Aubin, Schoenの仕事を合わせることにより最終的に解決されたが, 小林氏はその前に, 山辺の問題の解となるスカラー曲率の値を体積で正規化し, 共形類すべてを渡る上限として山辺不変量を提起した. 後にSchoenも同概念にたどり着いている. 山辺不変量は定義により微分トポロジー不変量である. 提起したと同時に同氏は, S^1×S^{n-1} の山辺不変量はS^nのそれと一致すること, および連結和に対する不等式を得ている. 同氏が記したこの方向性と計算例は, 数多くの追従する研究を導き, その影響は現在も広がっている. 芥川・井関との共著で2013年に出版された数学メモアール「山辺の問題」は, 山辺の問題解決と山辺不変量に関して微分幾何学的視点を強調して記された, 同氏の先見性が至る所に息づく, 今日豊かに育った研究領域への入門書である.

また, 1980年代前半に同氏が与えたミンコフスキー空間内の錘状の特異点を持つ極大曲面の特徴付けが, 梅原・山田等の最近の研究につながっている. さらに, 1990年代後半の平面閉曲線の頂点に関する研究も, 素朴な素材ながらその後の梅原の深い研究を産んでいる. ごく最近のリーマン計量を用いずにアフィン接続のみで展開する幾何の可能性も, たいへん示唆的で今後の展開が期待されている.

このように小林治氏は, 幾何学における重要な発想を深く吟味し, 現代幾何学をリーマン幾何を中心に据えて共形幾何と射影幾何で見直す考え方を推し進め, 重要でかつ独創的な先見性を提示している.


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