受賞者: 納谷 信氏(名古屋大学多元数理科学研究科)
受賞業績: 実および複素双曲空間の理想境界における不変計量の構成
実双曲空間の等長変換は, その理想境界である球面上へ自然に拡張され, 球面の標準的計量に関する共形変換となります. したがって,実双曲空間の等長変換群の 離散部分群であるクライン群は, 球面の共形変換群の離散部分群とみなすことができます.
クライン群の作用が固有不連続であるような球面上の極大開集合は クライン群の不連続領域とよばれ, 不連続領域の商空間としてえられる共形的平坦な リーマン多様体をクライン多様体といいいます. 納谷氏は,この不連続領域にクライン群の作用で不変な, かつ球面の標準的共形平坦構造に属する対称性の高いリーマン計量 (この不変計量は納谷計量とよばれています)を構成し, この計量をもちいてクライン多様体に対する 精密なコホモロジー消滅定理を証明しました.
この不変計量は, クライン群の極限集合(不連続領域の補集合)上の パターソン・サリバン測度(クライン群の作用に関して よい保型性をもつ測度)と, 球面の共形ラプラシアンのグリーン関数をもちいて 球面の標準計量を共形変形することにより構成されます. その結果,この不変計量の曲率に, クライン群の極限集合の形状や クライン群の作用の大きさ, 例えば臨界指数(幾何学的に有限なクライン群の場合, 臨界指数は極限集合のハウスドルフ次元に他ならない) が敏感に反映され, クライン多様体の微分幾何的性質を調べるためだけでなく, クライン群を微分幾何的に研究するための 基本的道具となっています.
納谷氏は,これらのアイディアを 複素双曲空間の正則自己同型群の場合に拡張し, 不連続領域の強擬凸CR構造に関する擬エルミート幾何学 を通して,離散部分群の研究を展開しています.
納谷氏のこれら一連の研究は, 離散部分群の研究における微分幾何的研究の可能性を大きく 広げたものであり, 幾何学賞に相応しい業績であります.