● 幾何学賞受賞者の業績

受賞者: 佐伯 修(九州大学マス・フォア・インダストリ研究所 教授)

受賞業績: 安定写像と多様体のトポロジーの研究

受賞理由: 佐伯修氏は長年にわたり幅広い分野で活躍されているが, その活動の中核にある C^∞ 安定写像を用いた 3 あるいは 4 次元可微分多様体のトポロジーの研究は, 大変ユニークで優れたものである.

多様体のトポロジーの情報を Morse 関数の特異点の指数から 引き出す Morse 理論は, 前世紀半ばに始まり今日までその有用性に陰りはない. 一方佐伯氏は, ターゲットの次元を上げることで設定を多様化し, 一貫して, 特定の型の特異点のみをもつ安定写像の存在・非存在が 定義域の多様体のトポロジーや微分構造をどのように反映するか, というよりワイルドな問いに取り組んでいる. その過程で, 独自の道具を開発し, コボルディズム理論, 特異点論および低次元トポロジーの技法などを駆使している. 佐伯氏の一連の仕事は 1980年代中盤以降の微分トポロジーの大きな流れとはやや違い, 微分トポロジー揺籃期の Thom や Milnor の問題意識に立ち返るものであるが, 安定写像が主体の研究の中では, ターゲットの次元がソースの次元よりも低い安定写像の微分トポロジーの研究は 真に佐伯氏が世界を牽引している.

具体的成果の幾つかを挙げる. 4 次元多様体から 3 次元多様体への安定写像については, カスプ特異点の解消の障害類の同定, 佐久間氏と共同で 4 次元位相多様体上の微分構造の違いが読み取れること, また, 山本卓宏氏と共同で多様体の符号数は特定な型の特異ファイバーの符号付個数と一致, などを示している. 4 次元多様体から 2 次元多様体への安定写像については, たとえば定値折り曲げ(definite fold)はいつでも解消できることを示し, 3 次元多様体から 2 次元多様体への安定写像に対しては, 単純安定写像を許容する3次元多様体のクラスがグラフ多様体の クラスと一致することや, 各ファイバーの連結成分を 1 点に潰した空間からの 誘導写像である Stein 分解を通した単純安定写像の分類等を行っている.

さらにここ数年, 佐伯氏のこれまでの研究は低次元トポロジーの研究に 基本的な影響を与え始めていることは特筆に価する. Donaldson らが導入した 4 次元多様体の特異レフシェッツ束 (broken Lefschetz fibration)や Turaev が導入した 3 次元多様体の影(shadow)は, 安定写像を介して理解することが自然に可能であり, 佐伯氏が開発した特異点解消や Stein 分解を使った技法が, 今日のその研究に活用されている. また, Gromov も佐伯氏の仕事を一つの根拠に 安定写像の位相的複雑度に関してアイデアを提唱している.

以上のように, 佐伯修氏の研究業績は 自身が設定した安定写像と低次元多様体のトポロジーの 研究における基礎を構築するものであり, 成果は幅広い分野で基本的文献となっており, そのインパクトと重要度は着実に広がっている.


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