● 幾何学賞受賞者の業績

受賞者: 辻 元氏(東京工業大学理工学研究科)

受賞業績: 複素代数幾何学における特異エルミート計量の構成と応用

業績説明

 辻 元氏は,代数幾何学の超越的方法による研究において大きな貢献をされています. とくに, 代数幾何学の懸案の難問であった「多重種数の変形不変性」を最近肯定的に解決されました.

 代数幾何学の研究における超越的方法は, Riemann によるリーマン面上の有理型関数の存在証明に始まり, Hodge-小平等による調和積分論を用いた方法によって1940年代から70年代にかけて大きく発展し, とくに大きな基本群をもつ代数多様体やディオファントス幾何学の研究において不可欠な方法となっています. さらに,最近では特異点を持つ代数多様体などを扱ったり, 次元に関する帰納的構造を扱えるように, 特異性をもつエルミート計量が考えられるようになってきています.

 このような超越的方法による複素代数幾何学の研究における辻氏の最も大きな業績として, 「擬正直線束に対する解析的ザリスキ (Zariski) 分解の理論」が挙げられます. この理論は,(多重)線形系の解析を曲率が半正の特異エルミート直線束の解析に帰着させるもので, 擬正直線束に関する極小モデルの理論ともみなすことができます. この曲率の半正値性により,例えば大沢--竹腰の $L^2$-拡張定理や Nadel の消滅定理が自由かつ柔軟に適用できるようになったといえます.

 なかでも,この解析的ザリスキ分解の最も傑出した応用は, 「多重種数の変形不変性」の解決です. 変形不変性の問題は,Y.T.Siu 氏によって一般型の場合に, かなり決定的な結果が示されました. このSiuの結果については,後に川又氏や中山氏によって代数的に改良されたバージョンが示されましたが, 辻氏は力学系的なアイディアに基づいた「定量的」な解析的ザリスキ分解の構成法を開発され, この問題に完全な決着をつけられました. (辻氏のバージョンでは一般型の仮定は不要であり,擬正な標準束で十分です.) このような解析的アプローチの優れた点は, 「定量的」な評価が得られる点にあり, その意味で代数的な理論とは一線を画するものといえます.

 また解析的ザリスキ分解の理論は, 一般型代数多様体の多重標準系の解析にも応用があります.


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